1日だけ体験できる熱中症
1日だけ体験できる熱中症
シメオン・リーランドが、公共支出は景気変動に合わせて調節されるべきであり、不況期に政府は投資的支出のための借入れをためらうべきではない、産業界は、政府支出の縮小を企図すれば、政府の社会的有用性を損なうのみならず、自らを助けようとしている政党をも傷つける結果になる、と述べたとき、彼は当時の「シカゴ学派」の総意を代表していた。
事実、過激な新古典派として自他ともに認めるシカゴ大学のフランク・ナイトですら、三二年末にワーグナー上院議員に宛てた手紙にこう書いていた。
「私の知る限り、現在のような時期には、政府はできるだけ少なく課税し、できるだけ多く支出して、政府支出を最も良き目的のために、また、不況を救済するために用いるべきであるということに、多くの経済学者がほとんど完全に合意しています」。
ワーグナーのこの年の提案は、政府が一○億ドルの公共支出を行なうというものであったが、ブルッキングス研究所長のモールトンはそれでは少なすぎることを恐れていた。
しかし、フーヴァーはその年の五月、アメリカ土木学会からの公共事業追加の要請に応えて言った。
「(要請されている)公共事業はその中にほとんど利用価値のないものが含まれており、納税者に耐えがたい負担を強いるものであり、予算の均衡を妨げ、政府の信用をおとしめる」。
既に有意義な公共事業はすべて財政の許す範囲で行なっている。
「連邦予算の均衡と国家信用の維持こそが、自信の再建と経済の回復のまさにスタートのために必要不可欠なのである」。
この点に関しては二三年の大統領選中のルーズベルトの方がさらに徹底していた。
彼はフーヴァーを「平和時における最悪の浪費政権」と呼んで厳しく批判した。
一九三一年六月末から七月にかけての一○日間、全米の著名な経済学者、民間エコ剛毒経ノミスト、官僚、労働団体代表など七○人がシカゴ大学に集まりました。
そこでは「世界的問題としての失業」をテーマとするノーマン・ウェイト・ハリス記念財団講演・円卓会議には、イギリスからケインズも参加して活発な議論に加わった。
初日、自らを「強硬派古典派」と呼ぶヘンリー・シュルヅと「柔軟派古典派」と呼ぶコロンビア大学のカーター・グッドリッチが「賃金切下げは失業解消に役立つか」を巡って論文を読み、シュルッは賃金引き下げが雇用の回復につながるかどうかは生産物に対する総需要の変化に依存すると論じた。
グッドリッチは、「一○%の賃金引き下げの最初の効果は、現在一厘用されているその労働者の購買力を同じ・パーセントだけ減少させることであり、そのため少なくとも労働者の財需要は減少し、さらに、生産財総需要に比べて消費財の総需要が恐らく減少することになる」と述べた。
二人のアメリカの「古典派」経済学者は、「賃金切り下げは万能薬ではない」と論じたのだった。
ケインズは議論に加わって言った。
「私は、シュルッ氏とグッドリッチ氏が示したこの分析は非常にすばらしく、有用であると思います。
私はこれまでにこのような形で分析が展開されたのを見たことがありません。
……私にはこれらの分析を批判したりつけ加えたりすべきことはほとんどありません」。
五年後にケインズが「古典派」経済学者を厳しく批判したことを考慮に入れるならば、この日の光景は何とも奇妙なものだった。
アメリカの古典派経済学者とケインズとの間には、ほとんど意見の相違は見られなかった。
いわゆる「古典派の処方菱」を支持する意見、すなわち不況の克服は価格と賃金の伸縮性の回復と自由市場の自然の動きにまかせるべきだという意見パーティーに円卓討論の参加者の間からは聞かれなかったのである。
(ケインズは『一般理論』の中で、「古典派理論」を最もよくまとまって展開しているのはケンブリッジの同僚で先輩のアーサー・ピグーであるとして、同書は意図的に彼への論争を挑む形をとったことを明らかにしている。
)それから六カ月後、二三年一月にハリス財団の会議が再びシカゴ大学で開かれた。
今度も八五人の学者や実務家が集まったが、彼らは不況の深刻化に対して有効な手段を講じられないフ−ヴァー政権に対決する姿勢を強めていた。
経済学者六人からなる委員会は、かなり白熱した議論の末に、「デフレーションをくいとめ経済活動を正常水準に復帰させるための提言」をとりまとめた。
ただちに提言はイェール大学のアーヴィング・フィッシャー、シカゴ大学のヘンリー・シュルッ、ジェイコブ・ヴァイナー、フランク・ナイト、セオドア・インテマ、ヘンリー・サイモンズ、ブルッキングス研究所のハロルド・モールトン、コロンビア大学のジェームズ・エンジェルなどを含むアメリカで最もよく知られた二四人の経済学者の署名を得て、フーヴァー大統領に電報でとどけられた。
提言は(一)連銀紙幣発行の裏付け資産を自由化し、連邦政府証券とコマーシャル・ペーパーも含めるべきである、(二)政府の国債発行を助け、銀行の流動性を増加させるために、公開市場操作が絶えず行なわれるべきである、(三)RFCは連銀再割引不適格資産を提示する銀行に対しても貸付を行なうべきである、(四)連邦政府支出は一九三○’三一年より低くない水準に保たれるべきである、(五)政府部門内貸借は減らすかキャンセルするかすべきである、(六)関税その他の世界貿易障壁は他国との交渉に委ねられるべきである、というものであった。
最後まで負債調達による公共事業に疑義を申し立てたのは提言の起草委員会のメンバーでもあった四五歳のアルヴィン・ハンセンであった。
「私は、今夜、公共事業(政策)がこの円卓であまりにも簡単に採用されたような気がいたします。
イギリスとドイツの歴史を通じて、公共事業問題には多大な関心が払われたものの、結局、公共事業は何ら解決策とはならないと判断されたのが事実ではなかったでしょうか。
緊急措置としての公共事業にも多くの問題があります。
唐突に公共事業を開始すれば、必ずや莫大な浪費が生じ、最終的には公共事業への支払いはなされなければならず、公共事業は確実に民間経済に影響を及ぼします」。
こう主張して、ハンセンは結局この提言に署名しなかった。
(ハンセンは、後にイギリスのJ・R・ヒックスとともに、IS・M図式によってケインズ経済学の普及に貢献し、アメリカ・ケインジァンの泰斗と呼ばれるようになった。
)この提言は広く注目を集め、フーヴァー政権の政策に影響を及ぼしたとも言われる。
少なくとも、政府証券を連銀紙幣発行の裏付け資産と認めた二三年のグラス・スティーガル法、連銀の公開市場での買い操作、不適格資産をもつ銀行へのRFCの融資、若干の負債調達による公共事業、連邦政府による失業救済などの措置が取られたのは、フーヴァーのもとに提言が届けられた後のことだった。
ケインズ一九三○年代の大不況の中から生まれたケインズ経済学は、経済学の世界に新しくマクロ経済学という領域を切り拓く革命的な出来事であった。
しかし、ケインズの示した不況からの具体的な回復策は、多くのアメリカの正統的新古典派経済学者の提案とほぼ完全に一致していた。
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